廣岡直人のゴスロリ・スタイル・ブランド〈h.Naoto〉が初参加した。
ゴスロリはゴシック・ロリータの略。
なかなか完成度が高いゴスロリだが、
それがよくない。
わたしに言わせると、まとまり過ぎている。
でも、好きだなあ、この方向性。
わたしが10代なら着たいところだ。
映画では「下妻物語」がロリータ・ファッションで注目を浴びたが、
これは甘いほうのロリータ・ファッション。
黒を基調とするゴシック・ロリータとはかなり違う。
いたずら好きでおしゃまな少女ゴーストが登場する
サラ・ドライヴァー監督の『豚が飛ぶとき』、
あの中の少女の服はたしかゴスロリっぽかった。
あの映画、製作総指揮がジム・ジャームッシュだったのだ。
黒が基調のゴスロリの斬新性といっても、
80年代に黒と灰色を基調に世界のファッション界に革命を起こした
川久保玲(コムデギャルソン)とヨウジヤマモト(Y’s)の仕事の
核が日本に脈々と地下水脈のように流れているからこそ、
廣岡直人のように見事にゴスロリ・スタイルを
開花させることができるのだと
わたしは思っている。
そのヨウジヤマモトを題材にヴィム・ヴェンダースが
1989年に『都市とモードのビデオノート』という
ドキュメンタリー映画を撮っている。
当時、ハンディカム・ビデオカメラの小さな再生画面に映っている
映像を撮るという入れ子形式的映像が生み出され、
ヴェンダースもこの映画でそれを多用している。
ゴダールなんかもどこかでやってたと思う。
いま見ると懐かしい手法だなと思うが、
それが見ていて飽きさせないのはさすがヴェンダースである。
映画のなかの山本耀司さんは禅の修行僧のように
冷めている。
「戦後に育った東京人として、自分には無国籍人的漂白感がある」
という。
「とっちらかった東京と勝手にしやがれ的パリが好きだ」
ともいう。
「自分には未来というものは考えられない。過去と現在があるだけ」
ともいう。
そんなに冷めていてよく服が作れるものだと思うが、
冷めているからこそ革新的な服が作れるのかもしれない。
そいうえば、
川久保玲さんは、わたしには、山本耀司さんより
さらに冷めているように思えるのだが、
どうして戦後育ちのデザイナーはああも冷めているのか。
明るい三宅一生さんですらそういうところがある。
戦後育ちは、ただ単にシャイで控え目なのか。
(Except Kansai Yamamoto.あの人は陽気さの弾丸だが)
でも戦後育ちの日本の服飾デザイナーってみんな素晴らしい。
ハズレがないんだな。
これって、なんか世代論的な理由があるのかなあ。
もちろん今の若い人だって革新的な人はいる。
少しは若い人もほめとかなきゃね。


