2008年12月02日

長き旅の終わりに

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 つばくらは末なき旅おば家となし、
  更にこれをも煩ひとせず、空たかく羽ばたき
    軽げにひるがえりそうろう。
              ―― 悠了上人

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われ、第二の祖国コロンビアに帰らんとして、
まさに師走を迎えんとする寒厳しき11月29日に
成田へ飛ぶに至れり。
30分遅れで飛び立ったJALの機上より眼下を眺むれば、
小鮒釣りしふるさと博多の街が一望され、
馬齢を重ねしゆえか思わず落涙す。(嘘だよーん)
しかし一層の泣き言の種は後からやって来た。
30分遅れというのが、
あたかもドラマの伏線ででもあったかのように
成田では乗り継ぎのロス行きに間に合わず、
サンフランシスコ行きに変更を余儀なくされたのであった。
ところが眠れなかったせいで息も絶え絶え
ほうほうの体でシスコにたどり着くと、
なんとロスへの乗り継ぎが二時間半待ちであった。
その前の便はあと20分ほどで出るから
もう間に合わないとのコンピューター発券所の
白人中年男性(嫌ーな予感あり)の説明があり、
何たる理不尽さなりや、
と地団太を踏んでも後の祭りであった。
そのとき新しく発券された搭乗券が曲者(くせもの)であった。
ご存知の通り、
ブッシュ大号令のもと、
アメリカでは搭乗時の検閲がことのほか厳しく、
このような制度下では弁慶・義経がいくら大芝居を打っても
搭乗はかなわぬと思えるほどであるが、
わが新しき搭乗券を見た検査官が、
ゲシュタポもかくありやと想像される傲慢冷酷なやり方で、
わが持ち物の特別徹底検査を開始したのである。
こちらは疲れ果てている上に血圧が心配になってきた。
心配になるとますます上がるのが血圧の
制御しえない性格なのである。
しかしその時ようやく、
逆境でよくそうするように
ええい、ままよ、と開き直るほか手はないと悟った。
検査が無事終了したあとで、
「何が問題だったのか」と検査官に何度も訊ねたが、
聞くたびに返事が違う。
我流でまとめると、
どうやら便を変更しようとしたり、もとの便に戻したりした
その手続き自体が怪しいということで必ず厳しい検査を
することになっているらしい。
しかしそんな手続きの過程が新しい搭乗券に
情報として書き込まれているのであろうか。
となると航空会社のあの中年白人の意地悪なのであろうか。
よくわからないまま、
二時間半待ってロス行きに乗り込んだ。

ロス空港のホテル行き無料リムジン・バス乗り場では、
いつも待たされるが、
今回は運よく1分も待たずにバスが来た。
いつものホリデイ・イン駅前旅館行きである。
以前は30分に1回のリムジン・サービスが、
今回から15分に1回に増えていることを翌日知った。
不況を見越してのサービス向上なのだろうか、
疲れ果てている旅行者にとってはうれしい政策転換である。
すでにロス時間では夕方、
さっそく白鵬でも相撲が取れそうなくらいのデカいベットの
端っこだけを使って寝た。
翌日の昼近くまで、起きては寝、起きては寝を繰り返した。

ボゴタ行きの便は夜の8時である。
旅籠は午後2時でチェック・アウトしなければならず、
またしても大量の時間をロビーで持て余すこととなった。
散歩したり、ソファでうとうとしたり。
初老紳士の魅力満載の我輩は、
このようなときは必ずといっていいほど
ブロンドのインテリ風美女からねえコーヒーでも飲まない?
と声を掛けられるのだが、
今回はそれもなかった。(虚言だけど)
またホテルのPCサービスを使おうかと思ったものの、
どうせ日本語文字が出ないのだから、
意味がないとあきらめた。

ボゴタ行きのフライトはアビアンカ航空である。
ずっとコロンビア国を代表する由緒正しき航空会社だったのだが、
数年前にブラジル資本となった。
これはJALが糸山金権主義資本となったようなもので、
とにかく営利主義に貫かれていて、
安全性やサービス性が脅かされているのが現状である。
前回乗ったときは五つあるトイレのうち
二つが乗る前から壊れていた。
今回はトイレから出るときにドアが開かなかった。
格闘技は得意だから(嘘なり)、肩でどーんと体当たりをして
外に出たのである。
寝る時間になって機内が暗くなると、すべてのトイレの繋ぎ目から
光が漏れているのがわかり、
すでに造りがガタガタになっているのが見て取れるのである。
コロンビアの飛行機に乗るのは、
東南アジアのバスに乗るのと似ている。
とにかく各人の手荷物がハンパじゃない。
今回は重量制限が厳格化され、比較的に少なかったが。
それにいつもどこかの席で幼児がピーピー泣いている。
とにかく子供連れが多いのである。
4,5オ児が通路を猛スピードで駆け回っていても
誰も注意はしない。
やはり何といっても自由重視国なのである。
ハラハラするのは日本人の我輩ばかり。
大部分が寝込み始める時間に、
喧嘩でもしているよな怒鳴り声が機内に響き渡った。
どうやら誰かの寝言みたいだ。
上品そうだった前の席の老女は寝言だろうか、
まるで猫が鳴くような声をミャーミャー出し続けていたので、
横の女性がたまらず揺すり起こしていた。
機内はやおら魑魅魍魎が跋扈する
ホラー空間となったかのようである。
搭乗した際に、
隣の人の座席のイヤフォン接続部が壊れているので
気の毒に思っていたが、
いざ自分のを試してみるとわがイヤホンも右が聞こえないのと
接触不良であった。やれやれ。
一つしかない映像画面が遠く前方にあったのと、
嫌いなメリー・ストリープの『ママ・ミア』とかいう映画だったので
見ることをあきらめ、
イヤフォンの交換も要求しなかった。
どうしたわけか
いちいち言うのがだんだん面倒になってくるのである。

早朝、ボゴタのエルドラド空港に降り立つと、
会社のマネージャーと運転手が迎えに来ていた。
とにかく眠い。
血圧も心配だ。
きょうは子供達に会うことをあきらめ、
少し自宅で打ち合わせをし、
マネージャーにお土産を渡して帰すと、
すぐ眠りについた。
ほぼ二十時間ばかり寝た。
夕方、届けに来た酸素ボンベを受け取り、
アメリカ式スシの巻物を食べ、
日本から持参した加湿器を付けたりしたことは
うつらうつらと覚えているが、
本当に良く眠った。
眠りも作品と見るならば、
昨日の眠りは眠り賞受賞の最優秀作品だった。

さて、きょうは子供たちに会おう。
会えば、
西洋人がいたすという熱き抱擁なるものをいたし、
頬にいたす挨拶の接吻なるものをいたすとしよう。
わが混血児たちは大和言葉には疎いゆえ、
かのバテレンの西班牙語なる言の葉を操らねばならぬ。
子らの喜ぶ顔が一番の妙薬なり。





posted by ハルナリー at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ジョーク集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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