論拠というよりはどれもこれも嫉妬の中傷以外のなにものでもなく、
畢竟、日本文学の批評理論が窮屈で鬱屈した傾向を脱していない事実を
顕在化させる結果となっているだけで、
さらに90年代以降も批評の地平はますます無味乾燥な不毛の地に成り下がっている感がある。
最も滑稽な村上批判には、
「主人公がモテすぎで、リアルな世界からかけ離れている」というものがあって、
この批評になっていない批評に反論するのはいかにも寒いし、空虚すぎるし、それこそ不毛である。
思うに、村上春樹をめぐっての最大の文学的テーマはやはり
<ディタッチメント−コミットメントの問題意識>を発展させたところに位置する
<物語小説と私小説の間に横たわる小説の本質論>に繋がる何か大きな主題ではないだろうか?
それは物語創作の細かな技術に関する問題というよりは、
それ以前の、作家の姿勢、作家の基本的立ち位置に関わるものであろう。

